ゆにっき

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ベトナムボランティア

こんにちはー
1年生のみなさん入学おめでとうございます!

今回は春休みの2月8日~2月14日まで国際チーム4人で行ってきたベトナムでの活動について報告します。

これがuni.として記念すべき初の日本を飛び出して海外での活でした。

僕たちが向こうでやらせていただいたことは3つ、

①孤児院でのお手伝い

②保育園訪問

③日本語学校での補助


まずは孤児院での活動について。

ベトナムでは40年前までアメリカをはじめとする国々、国自体も南北分かれてのベトナム戦争がありました。ゲリラ戦を嫌ったアメリカが枯れ葉剤をまいた話はみなさん知ってのとおりです。その枯れ葉剤は人体にとって有害、現在でも遺伝によって様々な障害をもった子供達が生まれ大きな爪痕を残しています。そんな子供達を残念ながら育児放棄してしまうということは多いようです。僕たちはそういう子たちの多くいるお寺に併設された孤児院を訪れました。彼らの中には自分たちでご飯を食べられない子も多く、ご飯を食べさせてあげることと掃除が主な仕事でした。最初は僕自身、教科書でしか知らなかったベトナム戦争の跡が今もこんなに残っているのかとショックを受けました。自分に何ができるだろうとその場の雰囲気に飲み込まれてしまいそうでした。ただ実際に彼らと接してみるとなついてくれる子も多く陳腐な言い方ですがとても愛おしく思いました。他の国からも多くの方がボランティアとして参加されていて、フランス人の60代くらいの男性が「彼らが一生懸命に生きている姿はとても美しい」とおっしゃっていたのが印象に残っています。期間中2度参加させていただきましたが、自分の無力さと戦争の悲惨さが身に沁みる経験でした。





次に保育園。

ここには孤児院に最初行った直後に訪問しました。本当に直前受けた衝撃を癒してもらいました。言語の壁をいとも簡単に越えてくる。やっぱり子供はすごなと。お遊戯を踊って歓迎してくれました。みんな彫りが深くて本当に可愛かった。僕達も日本の唄を歌ったり、縄跳びや折り紙を持っていき一緒に遊びました。紙飛行機であんなに盛り上がってくれたら、尽くし甲斐があります。もう一度行かせていただく予定でしたが、保育園が正月休みに入ってしまい再訪できなかったことが惜しまれます。



最後に日本語学校。

現地の方が第二、第三言語として日本語を勉強していて、そのサポートをさせていただきました。年齢層は小学生から60代まで幅広いものでした。先生をされているのがアンさん。静岡大学に3年間留学されていた経験があり、日本語がペラペラ。滞在期間中、大変お世話になりました。教えたことも様々で、日本語の読み方から受験勉強レベルの読解までありました。現地の方が英語も話せない方が多いのを思えば彼らはベトナムのエリート達だったのでしょう。文化の違いもあって、日本語のニュアンスを伝えるのが難しく苦労しました。彼らの中にはアニメが好きで日本語を学びはじめた人が多く、クールジャパンの影響の大きさを再認識させられました。現地で誕生日を迎えたメンバーのためにケーキを用意していただいたり、ベトナムの観光名所を案内してもらったり、アン先生をはじめ生徒のみなさんにもとてもよくしていただき1週間なんの不自由もなく暮らすことができました。生徒さんの中には近いうちに日本へ留学するという方も多く、「今度は日本で会おう」と約束してきました。再会が楽しみでなりません。



以上の3つが僕たちが行った活動です。期間中の数日はフリータイムを作り観光も満喫してきました。街全体の色彩が華やかだったのが印象に残っています。文化の違いを感じました。一番衝撃だったのは東南アジア特有のバイク文化。道路はバイクと、それによって発せられるクラクションの音に満ちていました。よく事故が起こらないなと。(タクシーに乗っていたら後ろから追突されました。)最初は横断歩道を渡るためだけに勇気を振り絞る必要がありました。2、3日もすると慣れてすいすい歩ける自分たちがいましたが。あと物価が安い。空港で1万円を両替したら約180万ドンになったのには驚きました。100円ちょっとで美味しい料理が食べられました。ベトナムの米中心の料理は日本人の舌に合い、安いのもあいまって太って帰ってきてしまいましたね。メコン川をクルージングしたり、クチのゲリラ戦あとに行ったり、市内では有名な建物をまわり戦争証跡博物館にも行きベトナム戦争の理解も深めました。









今回は何もかもが初めて、右も左も分からないなか準備に多くの時間を費やしました。また4人中3人が初海外ということもあって不安な面も多くありました。実際はほとんどトラブルもなく(体調は崩しましたが…)、本当に充実した時間を過ごすことができました。異文化の中で受けた刺激はメンバー1人1人にとって決して小さいものではなかったはずです。海外に進出したこの一歩は、uni.という団体にとっても大きな一歩だったのではないかと思います。この経験を糧に国際チームの活動の1つの柱として続けていきます。
<文:国際チーム2年 竹井 優太>


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