ゆにっき

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【前編】広報局初代局長インタビュー


Uni.も設立されて、今年でなんと8年目…!

そんな節目の年に、今回は広報局初代局長池田玲さん(写真左)にインタビューいたしました!!
…というわけで、現役生はもちろんのこと、OB(OG)の方々にも是非当時を思い出しながら読んでいただきたいです(^^*)

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――当時の玲さん自身も含め、Uni.の活動の様子を教えてください

玲さん「最初は国際系のボランティアをやっている団体とかを見に行ったりして、そういうことをやりたいな〜と考えつつ、結局1年近く何もやらずに過ごしてきたかな。たまたま先輩からUni.を紹介してもらって今があるのかな…?

LM(ランチミーティング)は今と比べると人数もかなり少なくて皆でご飯を食べながら話すだけだったんだけど、1年生の頃は昼ごはんを食べる時どこで食べるかは死活問題。だから食べられる場所(=LM)ができたのは良かった!」



――局に入ったきっかけはありますか?

玲さん「広報局に入ったきっかけは、先輩に誘われたから。Uni.に入ったばかりの頃に、局に所属するように先輩から言われていてさ。友達とも相談して広報局か総務局に入るか悩んだなぁ。


話は進むんだけど、僕が局長になった時に同期の局員が3人居たのに、Uni.をやめてしまって…。僕が正式に局長になったのが大学2年生の6月だったんだけど、その前にUni.をやめた局員がいたから、本当に人がいなくてキツかったなぁ…(笑)
ただ、良かったことは仕事がもう決まってて、ボランティア本部の広報誌を作ること。でも一人じゃできないし、まずは局員を集めることに必死だった。なんとか同期が一人、後輩が四人広報局に入ってくれた。そこから局員が各チームのボラに行って写真を撮ったりしたよ。最初の広報誌(ユニマガジン)は2011年3月に完成。見開きで約8ページ、一冊10円くらいだったと思うけど、達成感はあったし安心したよ。ユニマガジンの始まりはこんな感じ。



Uni.は当時、僕たちの代が20人くらいだったんだけど、ユニマガジンの効果で下の代は倍以上の60人くらい入ってきて、運営会議でも後輩にどう対応していくかという話し合いをガーッとしたり。任期でいうと、2年生の6月から3年生の10月くらいまでの長い時間運営に関わらさせてもらった。


僕が局長だった頃の局員は、局のお仕事をやりたいから…というよりかは居場所が欲しいだとか広報局が楽しそうだからとか、そういう理由で入っている子が多かった。だからだと思うけど、結構ゆるい感じでやってたかなぁ。ただ、広報局に特に決まり事がなかった分、好き勝手にやらせてもらったよ(笑)でも上の代と衝突することも少なくなかった。僕らがやってきたことでUni.から離れてしまった先輩や局員もいたから、やっぱり局長って立場はしんどいよね。


昔からUni.はとにかく自由でふわっとした感じだったから、ボランティア活動や部員同士の交流に関することも、当たり前だけど特に決まりごととか拘束するようなものはなかったし。ボランティアに対する考え方も特に縛るものもなく、自分のペースでできたかな。例えば、環境チームでペットボトルのキャップ集める時に積極的に集めてくれる人もいれば、そこそこ集めてくる程度の人、今飲み終わったものを持ってくるやつもいるし(笑)教育チームのボラでいえば、子どもたちと積極的に関わる人もいれば、企画を頑張ってボラ先では後輩のサポートや見守りに徹する人もいた。そういう活動をやり続けたからこそ、Uni.が自分のやりたいことを、実現できる環境になっていったと思う」



――広報局での仕事は当時どんなものでしたか?

玲さん「Uni.ができたばかりなので、多くの人に知ってもらうために、とにかくブログの更新がほとんど。局員にボラ先で写真を撮ってくるようお願いしたり、他の子達には写真に変なものや関係ないものが写ってないか確認する作業をさせたりしたな。そこから先は個人で自由にやってもらう感じだった。そんなことをしているうちに一つ下の代の後輩と二つ下の後輩が『局長やりたいです』って言い出して、まぁ僕の何を見て局長になりたいと思ったのかはわからないけど、嬉しかったよ(笑)


僕が卒業する頃にはTwitterやHP(ホームページ)を作ったりしてくれて。そういう新しいことを始めたのが3期〜4期あたりからかなぁ。自由にやって良い雰囲気から少し変わって…たぶん震災があったからかな、その時に入ってきた子達はボランティアに対する意識がしっかりしていて。やりたいことも明確だった。僕らの代までとは違う。逆に僕や上の代の人はそれに引っ張られてボランティアについて考えたりしたかな。


結局は、僕は自分の代のことしかわからないんだけど代によってやり方も変わるし、決まりも変わっていく。こうも代によって違うものかと不思議だったよ
話が戻るけど、Uni.ができた頃は自分たちで企画するボランティアってほとんどやってなくて、何かの活動に参加して、その活動をUni.に持って帰ってくることばかりだった。例えば、福祉チームのスープの会とか、国際チームのハンガーバンケットとかも持ってきたし。

3年生のふれあい夏祭りの時期かな。大学から雑誌に載せてもらえる機会があったんだけど、その時に『自分たちで写真撮って記事を作ってます』って広報のことを紹介させてもらったよ。そこから大学のHPを使わせてもらって募金を募ったりだとかもした。

ボランティア本部だからって言うつもりはないけど、Uni.で楽しめる人って、みんな真面目なんだよね。今の皆(広報局員)を見ていても真面目に話聞いてくれてるな〜って思うし(笑)
そんな人が集まるUni.だからこそ、僕たちの代も下の代も先輩に良くしてもらったから、後輩に同じことをしてあげようって子が多かったと思う!それはボランティアも同じで、他人のために頑張ったり努力したことが結果的には自分にとってもプラスに繋がることもある。Uni.にいると、何度かは感じたことがみんなあるはずだと思う。

もう一つ言いたいことがあってな(笑)Uni.は、あんまり渋い顔してボランティアやってる人がいなくてさ、みんな楽しんでいる印象が強い。なんていうのかな、こう…「この活動で世界を変えてやる!」みたいな人がいたら申し訳ないんだけど(笑)いないと思うんだよね。Uni.という団体はあくまでボランティアとか、自分が一歩踏み出すための入り口でしかなくて、そこから何をやるのか、どうしていくのかは、ちゃんと自分で決めている。」



――Uni.に入って良かったと思うことは?

玲さん「自分の知らない世界を知ることができたこと。僕は最初、国際チームにいたけど、活動があまり合わなくてさ。新しくできたばかりの福祉チームに移って、そこから福祉のボランティアに参加したんだよね。Uni.で本当に色々なことをやって価値観が広がったとか大層なことは言えないけど、世の中にこんな世界があるのかと視野が広がったと思う。例えばスープの会で路上生活者の方からお話を聞いてみたり、東日本大震災の被災地に行ってみて現地の方のお話を聞いたりだとか。そういう経験が社会人になって直結して役に立ったとは言えないけど世の中のことを知るという意味で勉強になった。仕事に結び付けられることは考えたんだけど、思いつかなくて(笑)


総会で局長として喋る時、『長い挨拶嫌ですよね?広報局は広報に入りたいと思った人を募集してます!』みたいな感じでめっちゃ短く終わらせたら、その後、後輩が『僕、広報局やりたいです』って来て……で、『あれで?なんで?』って笑ったんだけど、なんか僕の話してる感じとか雰囲気とかで面白そうだなと思ってって言ってたり(笑)

(中略)

Uni.での経験を還元したいなって思ったのが、4年生の秋ぐらいかな。大学の学内広報誌の記事に2回くらい載せてもらえた。そこから大学の職員の方と話す機会が増えてね。オープンキャンパスとかの行事で、Uni.の後輩が頑張っている話を大学の職員の方々から聞いて、ボランティア本部の学生は、しっかりしていて意識が高くて、引き出しが多くて、って言われるとすごく嬉しかったよ。彼らも誰かのためにとか、そんな単純な理由じゃなくて、やりたいことをしっかりやっていただけだと思う。それが実感できたことは、Uni.での活動があったからこそだと思うから、良かったと思うよ」



→前編はここまで。後編に続きます!

Uni.という団体はあくまで『自分が一歩踏み出すための入り口にすぎず、そこから先は自分次第』という言葉には深く共感しました…。様々なボランティアに参加することで、結果的に自分の知らなかった世界や知識を身につけることができます。私たちはそのことをあまり意識せずに参加していますが、行動してからその”大切なこと”に気づくのかもしれませんね!


(記事:3年 上原 2年 綱島、矢島)
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